Arearea♪ 今日だけは。。。Just for Today 

「今日だけは」 後悔をするほど時間は残っちゃいないからね 

読書「だれか、来る」ヨン・フォッセ

2023年のノーベル賞作家 

ノルウェーのヨン・フォッセの作品です。

戯曲です。

好き嫌いが分かれるお話です。

単純な会話の繰り返しなんですよね。

 

登場人物 3人

彼 50代

彼女 30歳前後

男 20代後半

 

彼と彼女が古い家を買いました。

ただ二人だけでいたかったから。

誰も来ない場所で一緒にいたかったのです。

 

そして、その古い家を売ったのが男です。

男は、どんな人が買ったのだろうと

知りたくなって家にやってきたのです。

 

二人だけの世界に

誰かが侵入し、そして壊される均衡〜

 

たくさんの言葉を交わさなくても

行間の中に 

それぞれの情感が漂っていて

 

彼の嫉妬、 

彼女の揺らぐ気持ち 不安

男の図々しさや粗野な振る舞い

 

単純な言葉のやり取りだけなんですが、

状況がよお〜く見えてきます。

 

物語が進んでいくと

「だれか、来る」という言葉が

まるで、学校で習った活用形のように

未然・連用・終止・連体・仮定・命令と

移り変わってくような印象を持ちました。

 

ところで、一体、「だれか、来る」とは

何を表しているんでしょう?

単純な他者だけではない気もするんですよね。

 

純粋な二人だけの世界〜

若い世代と違う

50代の男性が思い描く中で

「だれか、来る」と表されるものとは。。

考えてしまいました。

 

以前、ヨンフォッセの「朝と夕」を読んで

北欧ならではの感性を感じ取ったのですが、

今回、「だれか、来る」を読んで

ベケット

ゴドーを待ちながらを思い出しました。

 

登場人物二人は

ゴドーを待っているんですが

会えずに日々がすぎてゆくんです。

 

「ゴドーを待つのさ」

「ああ、そうか」

 

この単純な会話が、

事あるごとに繰り返されていき、

とても人生について深く考えさせられるお話です。

 

あとがきを読むとフォッセは、

ベケットの影響を受けたとあったので納得です。

 

フォッセの作品には

幼少期の生死を彷徨った体験が

フィヨルドの深く複雑な海岸線のように

静かに関わり合ってる気がします

 

Just for today~今日のタロット

カップの3の逆位置です。

正位置なら、三人三様のエネルギーの中で

喜び分かちあい、信頼し合う関係性

前向きな希望を感じるんですが

その逆ですか。。

 

Just for today~

新しい仕事が始まって、

仕事以外、余裕のない日々でした。

思考停止(笑)やっと解放されたけれど、

フィードバック大事ですね。

一人でできることにフォーカスしましょう〜